「that」という単語を知らない英語学習者はいないでしょう。「あれ」を指す言葉として習い、その後は接続詞として、あるいは関係代名詞として、英語の文章の至る所に現れます。しかし、これほどまでに馴染み深く、構造もシンプルな単語であるにもかかわらず、ネイティブスピーカーの会話になるとなぜ聞き取れないことがあるのでしょうか?
実は、「ザット」というカタカナの響きを頼りにリスニングをしている限り、本当の英語の「that」を聞き取ることは困難なんです。今回は、英語発音矯正アプリDiscovering Nativeより、thatがリスニングにおいて聞き取れない原因をテーマにお届けしていきますので、ぜひご覧ください。
thatが聞き取れない原因は?
英語には、一つの単語に二つの顔があります。それが「強形」と「弱形」です。リスニングにおいてthatが聞き取れない最大の理由は、thatが「弱形」で発音されていることにあります。
私たちが学校で習う「ザット」に近い音は、強形です。発音記号で書けばðætとなります。この時の母音は、口を左右に広げて「ア」と「エ」の中間のような音を出す、非常に明瞭な音です。しかし、この強形が使われるのは、thatが「あれ」を指す指示代名詞として強調されるとき(例:I want THAT one.)に限られます。
一方、接続詞や関係代名詞として使われるthatは、ほとんどの場合、弱形で発音されます。弱形の発音記号はðətです。この中央にあるəという記号は「シュワ(曖昧母音)」と呼ばれ、口をほとんど開けず、力を抜いて「ア」とも「ウ」ともつかない、かすかな音を出します。
この弱形の存在を知らずに、脳内で「明瞭なアの音」を待ち構えているため、私たちの耳はthatを認識できずに通り過ぎてしまうのです。
内容語と機能語について
英語という言語は、情報の重要度によって音の強弱を劇的に変化させる性質を持っています。単語は大きく分けて、名詞や動詞のように具体的な意味を持つ「内容語」と、文法的な機能を果たす「機能語」(theやatなど)に分類されます。
thatの主な役割は、節と節をつなぐ接着剤のような役割を果たす機能語です。コミュニケーションにおいて重要なのは「誰が、何をしたか」であり、接着剤であるthatそのものにスポットライトが当たることは稀です。そのため、ネイティブスピーカーは無意識のうちにthatの発音を簡略化し、次の重要な単語(内容語)にエネルギーを溜めます。
例えば、「I think that he is right.」という文において、強く読まれるのは「think」「he」「right」です。thatは前の「think」の語尾に吸収されるか、後ろの「he」とくっついて、一瞬の隙間のような音になります。日本語のようにすべての音節を均等な強さで発音する「モーラ拍リズム」に慣れている私たちにとって、この重要でない音が弱くなるという特徴は、thatという単語が消えたように感じさせてしまうのです。
末尾の「t」が消える?
thatをさらに聞き取りにくくさせているのが、語末の「t」の処理です。英語では、語末のtがはっきりと「トゥ」と発音されることは、日常会話ではほとんどありません。これはStop-tと呼ばれる現象です。
thatの最後にあるtを発音する際、舌先を上の前歯の付け根に押し当てて息を止めますが、その後の息を開放せずにそのまま止めた状態で発音を終えてしまうのです。その結果、私たちの耳に聞こえてくるのは「ザッ……」という、音が途切れたような感覚だけになります。
さらに、thatの後に母音で始まる単語が続くと、このtはFlap-Tと呼ばれるラ行に近い音に変化します。例えば「that I…」は「ザライ」のように聞こえます。反対に、後に子音が続く場合は、tは完全に飲み込まれ、直前の音を少し詰まらせる程度の役割しか果たしません。このように、thatは文脈や前後の単語によって、音を変えているのです。
関係代名詞のthatの聞き取りについて
特に日本人が苦手とするのが、関係代名詞としてのthatの聞き取りです。これは音の問題だけでなく、英文構成の認識の遅れも関係しています。
例えば「The car that I bought yesterday…」というフレーズにおいて、thatは極めて弱く、短く発音されます。さらに、thatはしばしば省略可能であるという文法的特徴があるため、ネイティブスピーカーにとってthatは「聞こえても聞こえなくても構わない」という意識があります。
thatという音を探すことにリソースを割きすぎると、その後の重要な情報まで逃してしまうという悪循環に陥りますので、thatは「聞こうとするもの」ではなく、文の構造からそこに存在することを予測するものへと意識を変える必要があります。
指示代名詞のthatだけは例外
ここで注意しておきたいのは、冒頭でも触れた「指示代名詞」のthatです。「Look at that!(あれを見て!)」や「That is a great idea.(それはいい考えだ)」と言うとき、thatは重要な情報(何について話しているかを示す対象)になるため、比較的はっきりと、強形で発音されます。
私たちが聞き取れないのは、あくまで「つなぎ役」としてのthatであり、主役を張っているthatではありません。この使い分けの差が、リスニングにおいて混乱を招く要因となります。文章の中でthatがどの役割になっているかを一瞬で判断する文法力が、実はリスニングの土台を支えているのです。
まとめ:thatを聞き取るための本質的なポイント
いかがでしたか?今回の内容としては、
・強形と弱形の使い分けがあり、接続詞のthatは口を動かさない極めて曖昧な音で発音される
・機能語としての役割により、重要な単語を強調するためにthatの音は意図的に弱められる
・語末のtの脱落が起こるため、「ザッ」と音が途切れたり前後の音と繋がったりして聞こえる
・文法力による予測が重要で、音を探すのではなく文の構造からthatの存在を推測する力が必要になる
以上の点が重要なポイントでした。thatのリスニングを攻略するには、個別の音を拾おうとせず、文章全体の強弱のリズムを掴むことが大切です。特に弱形で発音されるthatは「音」として認識するよりも、文法的な構造からそこに存在することを「予測」する意識が欠かせません。自分で弱形の音を出す練習を繰り返すことで、自然と耳がその微かな変化を捉えられるようになるはずです。